震災当日・その1

3月11日は、私用でお昼に3時間ほど休暇を取っていました。
離婚やモラルハラスメントの後遺症から立ち直るため、というか、そのために不安定になったり仕事ができなくなったりしないよう、定期的に自分の気持ちを整理するため、知人から紹介されたカウンセラーの方に会うことにしていました。幸い相性が良いようで、実際には職場で普通に働き続けることができています。
午後2時からの仕事に間に合うように職場に戻りますが、電車を利用するので結構ギリギリです。
地震は、午後2時46分・・・地震があと1時間早かったら、私は脱線事故に巻き込まれて数日間行方不明になっていたかもしれません。私の乗った路線は、何箇所かで脱線事故が起き、車両が津波で流されて遠くで見つかったりしていました。幸い、数日後には全員救助されたようです。
地震の最中は、勤務先の病院で診療中でした。一度収まったかと思うとまた強く揺れ、計3回の強い揺れを感じたので、とても長く感じました。三十数年前の宮城県沖地震のときには、私は幼稚園児で少し記憶がありますが、その時よりも怖かったです。
天井の空調の送風口が半分落ちかけていて、エレベーターの階数表示も飛び出ていました。階段の手すりに掴まって、4階から1階に降りましたが、手すりが粉だらけでした。天井や壁から落ちてきたものでしょう。
1階に全員が集まって、エレベーター内にいる人がいないのを確認し、帰宅する人は帰宅してもらって、病院に残る人(体調が悪いとか、家族が迎えに来るのを待つ人)は、入院棟に移動しました。
午後だったので、慢性疾患などの予約外来のみで、点滴をしている人がほとんどいなかったこと、患者数も少なく、すぐに全員が把握できたのがせめてもの救いでした。
また、病院なので自家発電で電気が最小限つきますが、暖房は切っていたので、だんだん寒くなってきました。
私の病院では、5年くらい前から、年に1回、大規模災害に向けてのトリアージ訓練を行ってきました。エレベーターを含め、普段当然のように使っている設備が使えず、災害関係のけが人やパニックになった人、その中に一般の発熱患者などが病院に押し寄せるのをどのように振り分けて診療するか、という訓練です。
なので、災害本部が速やかに設置されますので、そちらに集まって支持を仰ぐことにしました。にほんブログ村 家族ブログ DV・モラハラへ
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