震災当日・その2

3月11日、勤務先の病院で地震に遭い、大規模災害時の対策本部が病院内に設けられました。
電気は自家発電と発電機で2~3日程度(暖房は切る)、水道はタンクと地下水汲み上げで当面OK、入院患者の食事は翌日昼までは確保、という状況でした。
エレベーターは、動くことは動くが、余震で停まる恐れがあるので、とりあえず使用しないことになりました。また、万が一乗る際には必ずPHSを持った職員が一緒に乗るように、と注意を受けました。
対策本部に行って部署と名前を登録し、仕事を割当ててもらうことになっていましたが、最初の数時間は、患者さんじたいが病院にたどり着けない状況でした。
私の病院のある地域は、豪雨などでも水没したことがあり、港も近いため、津波の被害がありました。
しばらく対策本部で、テレビのニュースを見ていました(職員の携帯を非常用電源で充電しながら見ました)。
病院にいるので電気もあり水もありますが、一般家庭だったら情報もなく、怖いだろうなと思いました。
私は、早い時間帯に子供2人の無事を確認したので落ち着いていられましたが、職員の中には、家が水没したかもしれない心配のある人もいますし、家族の安否がわからない人もいました。
私自身は、最初の揺れで無事だったので、病院にいる限り死ぬことはないだろうと思っていましたが、果たして無事に自宅に帰れるだろうかと不安になりました。信号もない状態ですし、知れば知るほど、予想外の大規模な災害です。帰宅の道路のどこがひび割れて通れなくなっているかもしれませんし、自宅付近の川が、歩道ぎりぎりの水位まで上がった、というニュースもありました。まぁ、そのあたりまで行ければ、車を乗り捨てて歩けますけど・・・なんてことを本気で考えるような事態になるとは・・・。
その頃はマグニチュード8.8、と発表されていましたが、世界で2番目に大きい地震、とニュースで言っていました。1番大きな地震は1960年代ですから、私は産まれていませんので、自分の知る限りでは世界一大きな地震を経験してしまったわけです。
病院で、最初の災害対応の仕事は、入院患者さんの薬運びでした。その前に夕食の運搬があったのですが、それは事務系の男性職員で行ったようです。
薬局が2階、病棟は10階までありますので、階段にずらーっと職員が並び、「10階(の薬)です」などと言いながら手渡ししていきます。まさに人海戦術です。少しでも隙間があると、重い薬のトレイを持って階段を数段のぼるのでもキツイです。
救助も少しずつ進み、自力で病院にたどり着ける患者さんたちが現れ始めたのは、日付も変わろうかという頃でした。にほんブログ村 子育てブログ ワーキングマザー育児へ
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