テーマ:地震

やっぱり読書

わが家は普通の一軒家なのですが、なんちゃって二世帯というか、1階が両親、2階が私と子供たち、となんとなく住み分けています。 もともとトイレと洗面所が各階にありましたし、特に、モラ夫がいた頃の影響で、勝手に出入りできないよう、あちこちに扉を付けたり鍵を付けたりした(された)ので、外見がフツーの住宅な割には住み分けしやすいです。 ですが…
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我が家の非常持ち出し袋・その2

さて、実際の非常持ち出し袋の中身です。インターネットで、既製の防災グッズセットなどの内容を参考にして選びました。あとは、持っているリュックの容量や重さを見ながら調整し、最終的にはリュックとエコバッグの2つに収容しました。 リュックのほうの中身を記載してみます。 ★手回し式ラジオ(ライト、携帯充電機能付)・・・色々な製品がありますが、…
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我が家の非常持ち出し袋・その1

3月11日、4月7日と、程度の差はありますが、ライフラインが途絶えるほどの大地震を経験しました。 生命維持に関わるほどの物資不足には至る前にライフラインや物流も回復した地域でしたが、最初の2~3週間は本当に心細い思いをしました。物流が回復し、4月7日の余震が起きる前、一時的に防災グッズが手に入る時期がありましたので、その時に少し買い足…
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スポーツで夢を!

前回の記事ともちょっと関連しますが、被災者の精神衛生面に配慮するというか、「こういうときこそ楽しむことを遠慮しない」という雰囲気が大事だと思います。 私は震災前、趣味で弓道を行っていました。モラハラ・離婚のストレスから立ち直り、前向きに生きていけるよう、心身を鍛える、という動機がありましたが、実際に行ってみると、身体を動かしてスポーツ…
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「余震」の影響

3月11日の大震災のときは、あまりに規模が大きすぎて色々なことが考えられなかったのと、「これ以上ひどくなることはない」という気持ちで、前さえ向いていれば・・・というところがありました。 それが、復興の兆しを感じることもできてちょっと元気になった、というときに「余震」です。正直、これが33年前の宮城県沖地震の再来かな、と思ったくらいの規…
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4月7日の「余震」

ちょうど、4月7日の日中は「買い出し休暇」で街歩きをし、復興の雰囲気を感じることができてちょっと元気になっていたところでした。 が、夜中に大きな「余震」!!持続時間も短かったですし、地震そのものの規模は本震に及ばない、ということはすぐにわかりましたが、揺れ方が違ったらしく、物の落ち方・壊れ方などは今回のほうがひどかったです。 8歳の…
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4月7日の地震前に・・・

3月11日の震災後、色々な方の厚意を受けました。 以前勤務していたからと顔を出した近所の病院では、水を汲ませてもらい、携帯を充電させてくれ、炊き出しのラーメンまでご馳走になりました。 買出しに並んだときには、お店のすぐご近所という方から、「うちは2人暮らしなのに懐中電灯が3個もあるから」と、1個分の電池を抜いてわけていただいたり、点…
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震災後・買出し

最初の数日は、自宅の備蓄食料と、近所のスーパーの在庫放出でしのぎました。ただ、電気も水道もないので、冷凍食品やホットケーキミックスなどは、買っても仕方がないと思い、飲み物やお菓子類などを買っていました。タンパク質が手に入らず、魚肉ソーセージなどを食べていました。電気が復旧した後のそれらのものを買おうとしましたが、もう手に入りませんでした…
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震災後・水道

さて、水は生活に重要だ、ということに異存を唱える人はまずいないでしょうが、どのように重要なのか、身をもって経験することはなかなかありません。 3月11日、我が家の浴槽には前日のお湯が残っていましたが、母が地震の直後にお湯を落とし、新しい水を貯めておこうとしました。水は出ましたが、既に泥混じりでした。ですが、時間が経てば沈殿して上澄みは…
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震災後・電気

3月11日の震災後、帰宅したものの、電気・ガス・水道すべてアウト、という状況でした。 電気がなくて困るのは、とにかく暗いことです。懐中電灯と電池の備えが薄いことが反省点でした。 ロウソク・マッチはたくさんありました。 灯油もあり、石油ストーブも2台ほど捨てずに置いてあったので、暖をとることもまぁまぁできました。石油ストーブのおかげ…
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震災後のモラ夫

震災記事はちょっとひと休みして、モラ夫について書きます。 もう遠いことのようですが、離婚した後、早々に(籍が抜けないうちから!?)同棲を始め、離婚後1年のあたりで再婚したモラ夫でした。再婚について、長男との面会時に不用意に話してしまったため長男が父親と会うのを拒否しだし、それでも年齢の小さい長女との面会だけは続けていましたが、モラ夫は…
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震災翌日・帰宅

3月11日の地震の後、勤務先の病院で一晩を過ごし、本格的に人が移動し始める前に、ということで朝6時台に帰宅させてもらいました。私の職場から自宅までは、空いていると自家用車で40分くらい、通常の通勤だと1時間かかる距離です。信号はほとんど点いておらず、さすがにここは・・・という大通りに1箇所だけ点いていました。途中の道路もどこにヒビ割れ・…
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震災当日・その3

3月11日、勤務先の病院で地震に遭い、大規模災害時のトリアージ体制のもと、職務を続けました。 携帯のメールは何度もエラーが出ながらも、なんとか家族の無事だけを確認することができましたが、171の災害伝言ダイヤルは全くつながりません。公衆電話のほうが通じやすい、ということは後で知りました。息子の小学校も娘の保育園も、非常時には災害伝言ダ…
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震災当日・その2

3月11日、勤務先の病院で地震に遭い、大規模災害時の対策本部が病院内に設けられました。 電気は自家発電と発電機で2~3日程度(暖房は切る)、水道はタンクと地下水汲み上げで当面OK、入院患者の食事は翌日昼までは確保、という状況でした。 エレベーターは、動くことは動くが、余震で停まる恐れがあるので、とりあえず使用しないことになりました。…
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震災当日・その1

3月11日は、私用でお昼に3時間ほど休暇を取っていました。 離婚やモラルハラスメントの後遺症から立ち直るため、というか、そのために不安定になったり仕事ができなくなったりしないよう、定期的に自分の気持ちを整理するため、知人から紹介されたカウンセラーの方に会うことにしていました。幸い相性が良いようで、実際には職場で普通に働き続けることがで…
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